ノアコの旅

思ったことや感じたことを、旅先からご報告!

読書録 20200504

皆さま、こんにちは!いかがお過ごしでしょうか。

ここしばらく、本ばかり読んでいたので、ここらへんで、一旦、整理しておきたいと思います。

 図書室にあったので借りてみたのですが…。

よくもこれほど些細な出来事を、大事(おおごと)にできるものだと感心。

人間同士のいざこざに、ギリシャ神話の神々がお約束で登場するのですが、その度に、火に油を注いでしまい、あっという間に物事が大げさになり、結局、最後は悲劇で終わる。何やってんだ、ギリシャの神様…。

ここまでくれば、悲劇もむしろ喜劇。

大した問題でもなかったのに、なんでそうややこしくしちゃうんだろうなぁ~。でも、人の知恵とは、えてしてそういうもんなのかもしれん。

 

 

 一読し、もう一回読まないとなと思ってます。

心に留まった言葉を。

「『専門家とは、ある領域において犯すべき過ちをすべて犯して、これ以上はもう過ちを犯せない人』のこと」P14

 

「『自分の質問を出さないかぎりは学べません。』」P248

 

 

すぐわかる! できる! アクティブ・ラーニング

すぐわかる! できる! アクティブ・ラーニング

  • 作者:西川純
  • 発売日: 2015/08/05
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 「いま目の前にいる子どもたちは、卒業後、40~50年、社会で仕事をします。そのときに生き残る仕事は何なのでしょうか? 各種の調査では、いまある仕事の半数以上は遠からずなくなると予想しています。では、子どもたちが生活するためにどんな能力が必要なのでしょうか。

 残念ながら我々教師はその視点でものを考えていませんでした。自分が学んだことを教えていれば、子どもの将来につながるとぼんやりと考えていたと思います。事実、我々はそれでいまを生きているのですから。しかし、目の前の子どもはそうはいかないのです。」P27

 

「現在進行しているアクティブ・ラーニングへの流れの源は経済産業界にあり、その根本は日本の生き残りにあることを理解していただけたと思います。

 したがって、もはや『文学作品における深い読み』『天体の動きに関して視点移動の能力が必要』『論理的思考能力育成』といった言葉でこの教育改革に太刀打ちすることはできません。

 我々教師がグラウンドに戻ってもう一度プレーするには、子どもたちが将来生きる社会を明確にイメージし、それに必要な能力は何かを教師以外の人に説得できるようにならねばならないのです。そして、そうしなければなりません。

 なぜなら、我々こそが子どもの前に立って教育しているからです。

 だから、我々が変わらなければ、子どもたちの未来はありません。(中略)

 教科内容だけを教えるということから教師の役割を考えるのではなく、『子どもたちにとって一生涯にわたる幸せとは何か』という発想を出発点にした教育論と、その教育論に基づいた実践が必要なのです。」P29

 

 

 ・課題を与える時に一工夫を

 わざと挑発的なことばを入れる→意欲的になった子をおおげさに誉める

 どのくらい頑張れば良いのかの目安を示す

 「5つ答えられたら天才だね」など

→明確な学習課題を示すためには、指導者自身が「今日、子どもたちに何を身につけさせるのか」ということをずばりと言えるように、教材研究しておくことが大切

 

・子供が考える時間を確保しょう

→個別の思考時間をあまり長くとると、個人差が大きくなりがち。内容が複雑で10分程度思考させる必要があるのならば、3分間思考させてから話し合うということを3回繰り返す

 

・子供の活動量を増やそう

 授業では大いに話し合わせる。大いに自分の考えを書かせる。質は量を生まないが、量は質を生む。

 

・次への期待を持たせよう

 次の授業が楽しみだということが増えれば、子どもたちの学校生活は充実する。

 あえてまとめないで終わるという方法もある。→「オープンエンド」

 

・ペア対話を多く取り入れよう

 クラス全体で話し合うと、30分では一人1分しか話ができないが、ペアで行えば、一人の持ち時間は15分に。

 交互に反す

 相手の話を最後まで聞く

 頷くなど、反応しながら聞く

 話を途切れさせない→話が止まってしまうペアには「もう一回はじめから繰り返しなさい」とアドバイスする

 

・全員参加しているか確認しよう

 子供に黒板を写させる際には、全員を見渡して手元を見る

 音読練習の時には、子供の口元を見る

 資料を読み取る授業の時には、「資料を指さしなさい。」と言う

 ノートに書かせて積極的に参加させる

 

・「間」の使い方を意識してみよう

 

・正解だけ書く板書はやめよう

 子供の発言をそのまま書かない→要点のみを書く 時には子供の意図と違ってしまうことがあるので、必ず「君の話をまとめるとこうなるけど、いいかな」と確認する

 

・挙手指名だけに頼る授業はやめよう

 

・学習理解を板書で深めよう

①問題や学習課題

②子供たちの意見、話し合いの要点

③学習内容の要点、ポイント

④まとめ

 

・発表の仕方を教えよう

「教育とはそのままにしておかないこと」野口芳宏先生

稚拙な発表をそのままにしておかない、そんな教師の意識が子供の発言力をアップさせる

 

・多様な意見を束ねて板書しよう

 

・選択肢を与えて全員を参加させよう

 

・目で語れる教師になろう

 

・モニタリングができるようになろう

 モニタリング能力を高めるためには、その日の授業を再現できるか日々振り返るとよい。

座席表をたくさん用意しておき、放課後に子供の名前のところに、その日の発言や行動を書き込む。なかなか書けないのは、その子のことをよく見ていないから。

 

・子供の考えをゆさぶろう

 ゆさぶりに強くなるために、「なぜそのように考えるのか」という「根拠」をはっきりさせることが大切だと教える。

 

・事前計画に縛られず柔軟に「受け」よう

 授業には「攻め」の部分と「受け」の部分がある。ベテランと若手で大きく差が出るのは、「受け」の部分。

幾通りものパターンを予想しておく習慣をつける。授業で子供がどんな反応をするのか、一人一人を思い浮かべてみる。その上で、実際の授業では事前に考えた展開通りに進めようと思わないことが大切。

計画通りに進まないと思えば、ゆとりが出る。こうしたことを繰り返すうちに、対応力が磨かれて、教師としての力量が一段高くなる。

 

・1時間に1回は笑わせよう

 名人と言われる教師の授業には、張り詰めたなかにも上品な笑いがある。

 

・子供を静かにさせる方法

 黙って時計を指さすと、何人かの子が気づき、静かになる。

 「ナンバーコール」ゲーム。「3+2は?」と聞き、5回拍手させる。最後に「0+0は?」と聞く。

 

・ゲームを効果的に取り入れよう

 

もはや、ただのメモ…。

 

読んでみました。一応、記録しておきます。

 

 

その他(読書じゃないけど)

 名作の誉れ高い『バナナフィッシュ』ついに、拝聴。

あまりに有名なラストは聞き知っていたので、ちょっと及び腰になったが、私に言わせれば、あれはハッピーエンド。

先日ネット番組CGNTVで、小説『神の小屋』の作者ウィリアム・ポール・ヤングが、登場人物たちに、いかに自分を投影させたかを語っていて、とても興味深かった。

神の小屋

神の小屋

 

驚いたことに、物語序盤で亡くなるミッシーも、主人公であるミッシーの父親も、どちらも、作者自身だった。

作者は自身が経験した過去のトラウマを、ミッシーの悲劇に重ね合わせていた。そして、そこから回復する主人公もまた、自分自身だった。

それがあったので、『バナナフィッシュ』は、『神の小屋』とよく似ていると感じた。

過去のトラウマとの葛藤、そしてそこからの回復。

『バナナフィッシュ』に登場する二人の主人公は、つまり二人で一人である。片方が過去のトラウマを表し、もう一人が癒しと回復を表現している。

もっと言うと、容姿・才能のすべてに恵まれた主人公は、現実には存在しえないパーフェクトさを望む幼児万能感の表れであり、彼らが迎えたラストは、そこからの脱却とも言える。

二人いた主人公は一人となって、物語は幕を閉じる。

過去のトラウマと幼児万能感を失って、人はただの大人になっていく。

それでいいんだ。

だから、あのお話はあれでハッピーエンド。

そりゃそうだよな、作者は一人なんだから。

なるほど、物語ってそういう風にできてるんだなー、なんて思いながら観た。

読書録 2020412

 近頃、アクティブ・ラーニングなるものに興味が出てきた。うまくいけば、教師は課題を出すだけで、あとは何もしなくていいらしい(と、これだけ書くと、様々な語弊があるだろうが)

楽しみながら、クラスの人間関係もうまくいって、子どもたちの成績も上がるとくれば、研究せずにはいられない。

一冊目を読破したところで、ベテランの先生の所へ行って、「これ、面白かったです。こういう本で他におすすめはありませんか?」と聞きに行き、お借りしたのがこの本。

一番感動したのは、著者が、震災当時、福島県で働いておられたその経験にさらりと触れておられるくだり。

あの経験があったからこそ、著者はこれほどアクティブラーニングに対して強い思いを抱いておられるのか、と、納得した。

アクティブラーニングとは、簡単に言ってしまえば、教師に頼らず、子どもたちたちの力だけで積極的に考え、学んでいくということ。

この先生は、子どもたちに、他人の判断を待つことなく、自分たちで学び行動することの大切さを語って来られたのだと思う。

被災地ボランティアへ行ったとき、行政機能が麻痺している中、住民の皆さんが力を合わせて組織を作り、自分たちにできることを考え、行動しておられるのを目の当たりにした。現地のリーダーの方が「これだけのことを経験したのだから、明日の日本を背負うリーダーが、絶対にこの地から生まれてきますよ。」と力強く語っておられたことを思い出した。光は闇の中で輝く。あの希望に満ちた言葉は、本当に美しく、私の心に響いた。

本書を読んで、被災地のお一人お一人が、自分たちのできる範囲で精一杯日々の暮らしを守ってこられ、それだけではなく、さらに一歩ずつ高め、見えない壁を突破して来られた、その確かな足跡の触れた気がした。

書かれていはいないけれど、被災地の方々が今日まで歩んでこられた、その思いの深さ、豊かさを思わされた一冊だった。

 

 

 名著。心底、日本を愛しておられるのを感じた。どのような方なのだろう、と興味が沸き、ネットで検索したところ、2010年にお亡くなりになったとあった。

一度、お会いしてみたかった。

 

 

 

先日、人生最大の天然ぶりを発揮した。

このような状況で、毎日、どんどん予定が変更になっていく。

そんな中、いつものようにジャージ姿で職場へ向かい、自分のデスクに座った。ふと正面を見ると、いつもジャージ姿のその方がスーツなのに気が付いた。視界に入ってきたその奥の方も、珍しくスーツだ。

最初は知らないふりをしていたのだが、やはり気になる。

「今日、なんでスーツなんです?」

その方は、少しムッとされて、

「作業もあるけど、着替えるのが面倒だから、もう朝からスーツでいいかなって思って」

よく分からない。この方は、今日は何があるんだろう?

「今日、何かあるんですか?」

「え?」

「え?」

「今日、入学式ですよ!」

「・・・・ええええ!!!!入学式って今日でしたっけ!!?」

「今日ですよ!」

「うわ!スーツがない!ジャージじゃダメですよね!?」

「ダメですよ!!」

ってなやりとりをしていたら、お隣の、行事予定などだいたいすべての段取りを組む、仕事のできる方が、私の席上の今日の段取り表を指さして、

「これ、何のために作ったと思ってるんですか!?」

「ですよね!うわあ、どうしよう!スーツがない!」

「ジャージ黒だし、そのジャージなら、式に出てもいいんじゃないですか?」

「え?いいですかね?」

「ダメですよ!!!」

とうとう、そこらへんの人も巻き込んで、私の天然がばれてしまったのだった。

 

入学式のスーツは、その後、あいた時間に、着替えに帰ることができた。

再び職場に戻った時、変な顔してこっちを見てるので、何だろうと思ってたら、

「背中のバックパック、ぱっかー開いてますよ!」

「うわ!ほんまや!」

 

それ以来、隣の先生が、やたらと私のやっていることを覗いてくるようになってしまった。そして、私が説明する前から、ダメ出しをしてくる。

天然にだって、プライベートはある。

「私は長期的にものを考えるタイプなんです。考えすぎて、ちょっとその日の予定とかは弱いというか、忘れることもあるというか。でも、別に考えてないわけじゃないんです。むしろ、考えすぎて忘れるんです」

と、自分の天然を弁護しようと熱弁をふるうと、その方が、

「入学式を、ですか」

「そうです。入学式を、です」

ドヤ顔で言い切ったが、よくよく考えてみれば・・・、恥の上塗り。

むしろ、天然だと笑ってもらえて感謝・・・。

 

年度が変わり、席替えなどがあって、人見知りの私はずっとドキドキしていたのだが、蓋を開けてみれば、周りは知り合いの方ばかりで、ホッとしていたのだと思う。

ひた隠しにしていた天然が、こんな形で表れてしまった。

気を引き締めていこう。

天然の挑戦は続く。

卒業式を終えて

先日、無事に卒業生たちが巣立っていきました。

危ぶまれた卒業式は、大幅に規模を縮小することで、実施されました。

見送る在校生も拍手を送る保護者も、祝辞を述べる来賓もいない、非常にシンプルな式でしたが、一瞬一瞬に子どもたちや先生方の熱い思いが溢れる、感動的な卒業式となりました。

担任の先生が生徒一人一人の名前を読み上げた際、「はい!」と精一杯の返事をする子供たちの健気な様子に、先生が思わず声を詰まらせるシーンが見られました。

また、「日常が、ある日突然、断ち切られることがあるのだということを、初めて知りました」と語った卒業生代表の子の涙が、印象的でした。

 

 

 読書録

北里大学獣医学部 犬部!

北里大学獣医学部 犬部!

  • 作者:片野ゆか
  • 発売日: 2010/04/07
  • メディア: 単行本
 

「動物愛護なんて、ちょっとオカシイくらいじゃないとできないんだよ」

個性的な犬たちに振り回され奮闘する、犬部の学生たちの青春物語。

中でも犬部の創設者、太田快作先輩の破天荒さが際立つ

数が少ない大切な部員の一人の大事にしているバイクに、犬の散歩帰りにお土産(犬から生み出されるもの)を乗せて激怒させたり、動物実験にショックを受けて以後、一切の動物実験を拒否したり、後輩に「いいものあげる」と言って、ひっきりなしに連絡が入ってくる犬部の携帯を押し付けたり。

尚、太田は、動物実験の代わりにリポート提出等で単位取得できたが、以後、犬部は「あの太田の犬部」として、教務課や教授たちから睨まれることとなる。

犬部の経済的ピンチを救うため、奇跡の母乳を出して、捨てられた子犬を育てる犬部員ハナコの存在も光っている。

 

指導者のエゴが才能をダメにする ノムラの指導論

指導者のエゴが才能をダメにする ノムラの指導論

  • 作者:野村克也
  • 発売日: 2019/04/12
  • メディア: 単行本
 

・「信は万物の基をなす」

・指導者が「欠点だから直そう」という理由だけで無頓着に教えてしまうと、選手が本来持っていた良さすら失うリスクがある

メジャーリーグには昔から「教えないことが名コーチ」という格言がある。教えたくても教えない。その気持ちを大切にしたい

・特訓をするにしても、指導者がその意味を理解していなければ、まったくもって意味がない

・教えすぎると選手自ら考えなくなる

・伸び悩んでいる人、あるいは峠を越えたと思われる人であっても、自分自身が気づかなかった、新たな可能性さえ発見することができれば、まだまだ成長できるはずだ

・鈍感な人間は、失敗を失敗として自覚できないだけでなく、自分が間違った努力をしていることにも気づかない。もしそのまま間違った努力をしていたら――。最後は自分の居場所がなくなってしまうことになるのだ。

・野球界に限らず、今いる世界に入れたということは、何か一つでもキラリと光るものがあったと評価されたからである。「どういう努力をしていけば、この選手は大成できるのか」ということを念頭に置き、正しい方向の努力を積み重ねていけるよう、指導者は選手に対して目をかけてあげることが、大事なのである。

・指導者は、今やっていることはどういう意味があるのか、選手に対して問いかけをしてあげるのと同時に、目的意識を持って取り組むように物事を深く考えさせる習慣を身に着けさせなくてはならない。

・「長所は黙っていてもいくらでも伸びていく」が、「欠点は取り組まなければ、いつまで経っても欠点のまま」

(「指導者のエゴが才能をダメにする ノムラの指導論」より)

 

 先日、テレビで野村克也監督のドキュメンタリーを観た

野球のことはいまいち分からんが、愛情深い人だったんだな、という感想を抱いた

人を育てる人というのは、技術的な答えと、タイミングを見極める目、それらに加えて相手を成長させたいという、執着に近いような深い愛情を持っている

そうでなければ、タイミングよく言葉を掛けて、人を成長させるなんてできないのではないだろうか

読書録

種を蒔く人になりなさい (Forest Books)

種を蒔く人になりなさい (Forest Books)

  • 作者:樋野 興夫
  • 発売日: 2019/04/15
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

「 だいぶ前の話です。日本人の青年ビジネスマンが東欧のある国に出張した時のこと。ちょうどクリスマスシーズンで、小雪舞う街は急ぎ足で歩く人々で溢れ返っていました。青年も取引先と会食するレストランに向かっていたのですが、ふと十二~十三歳のリンゴ売りの少女の姿が目に飛び込んできました。『今どき、マッチ売りの少女はないだろう』と思いながら、少女のそばを通り過ぎようとした時です。後ろから駆け足でやってきた男が少女にぶつかった拍子にカゴの中のリンゴがこぼれ落ち、道路上に散乱してしまいました。

 振り返ってみると少女はとても悲しそうな表情で立ち上がり、落ちたリンゴを拾い集めようとしていましたが、次から次へと人が通るので簡単ではありません。青年も先を急いでいたので、歩き始めました。『別に自分が悪いことをしたわけではない。しかも、外国のことだ』と思い、何もなかったように立ち去ろうとします。

 その時、青年の心に何かが弾けたのです。青年は急ぎ足で少女に近づき、自分も一緒にリンゴを拾い集めながら、『そのリンゴを全部売ってくれる?』と、話しかけました。

 少女は不思議そうに青年を見つめ、そして問います。

『あなたは、もしかしたら神様ですか?』」

(樋野興夫「種を蒔く人になりなさい」より一部抜粋)

 

 

人を生かすリーダーシップ 牧師と信徒の健全な牧会 (いのちのことば社)

人を生かすリーダーシップ 牧師と信徒の健全な牧会 (いのちのことば社)

  • 作者:金 相福
  • 発売日: 2020/02/28
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

名著。何度読んでも、新たな感動があります。

 

 読んでいたら、KBIやO田先生など、知っている名前がどんどん出てきてびっくりしました。

 

 

年末年始の休暇は、教育関連の本を読みまくっていました。

振り返ってみれば、「教わる」「教える」ということについて、考えさせてもらった一年でした。果ては考えあぐねて、育児書まで読み漁っていました(笑)

教えない教え (集英社新書)

教えない教え (集英社新書)

  • 作者:権藤 博
  • 発売日: 2010/11/17
  • メディア: 新書
生徒のやる気を100%引き出す授業 (経営者新書)

生徒のやる気を100%引き出す授業 (経営者新書)

  • 作者:大矢純
  • 発売日: 2013/02/27
  • メディア: 新書

・何よりも大切なことは、子どもたちから信頼されること。

・保護者会の話が分かりやすい教員は、(子どもへの)授業もわかりやすい。

・大事なのは、常に子ども。

・皆がわくわくして次の一言を待っている授業。

・子供のロイヤルティを高めることが先決。

(「生徒のやる気を100%引き出す授業」より)

 

こちらに挙げた二冊の本はいずれも名著ですが、何よりすごいと思ったのは、ある先生のアドバイスとそっくり同じ事が書かれていたこと。

 

その先生は私が副顧問を務めることになったクラブの顧問の先生なのですが、指導らしい指導をされない。ただ、のんびりと子供たちのそばにいて、思っていることをそのまま口に出してしゃべっている。

「すごいな。あれで、あいつは置きにいってるだけなんやろうな。」

「どうやったら、あんな球打てるんやろうな。」

私は、放課後は毎日のように、部活動の指導といいつつ、そんな先生と子供たちのふれあう様子を眺めていました。

ある時、クラブの子が一人、放課後、忘れた体操服を取りに帰ったのですが、面倒くさくなったのか、結局戻ってきませんでした。待っていた私は何だか腹立たしく、先生に「きつく叱ってやって下さい」と言いました。すると、先生は「なんで?」と不思議そうに尋ねられ、「それがあいつなんや。最近、調子悪かったからな。休みたかったんやろう。それでええねん。明日は来るやろう」とのこと。

目からウロコでした。

先生が教えないのには、理由がありました。

子どもたちが自分から聞きに来るのです。すると、先生は逆に問いを投げかけます。

そうすると、子どもたちは自分から答えを導き出してきます。その答えが先生の気に入らないときは、さらに問い続ける時もあるし、誘導していくこともありました。

 

先生はユーモアを大切にされていて、日々子どもたちに振り回され、それどころではない私に、それではダメだ、『踊る!さんま御殿』を観なさい、と勧めてくるのでした。

あるクラスでのこと。

白紙を配って、私が読み上げる漢字を子供たちが書き取るという漢字の小テストをしていたのですが、白紙を配った後、あわてていた私は、「はい、はじめ!」と声をかけてしまいました。

クラス中の子がぽかんと私を見ています。しばらくしてから、ようやく私が問題を読み上げないとテストが始まらないことに気が付いたのでした。大失態です。

授業後、そのことを先生に話すと、先生は「それを笑いに変えないと」。

「じゃあ、先生ならどうされます?」と尋ねると、

「俺なら、『今のが、第一問や。ちゃんと〈はい、はじめ〉って書いたか?』って聞く」。

さすがの答えに、もう大笑い。

とにかくすごい先生なのでした。

 

 

強いリーダーはチームの無意識を動かす

強いリーダーはチームの無意識を動かす

女の子って、どう育てるの?

女の子って、どう育てるの?

  • 作者:川井道子
  • 発売日: 2008/11/13
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

 コーチングってどうやるんだろう、チームってどうやって作るんだろう、女の子って、思春期の子って…という、当時私が抱いていた疑問そのままのタイトルですね(笑)

簡単にまとめると、コーチングは愛情。

愛があれば見てるし、見ていれば掛けるべき言葉もわかる、というのがコーチング(私的解釈)。

NLPは、その方法。『NLP子育てコーチング』には、子どもへの話しかけ方、答え方、受け取り方などが、例を挙げて書かれていますが、要するに、どうすれば立ち位置の違いを越えて、愛情を愛情として伝えることができるかということなんだろうと、私は理解しました。

 

『女の子って、どう育てるの?』は、男の子と女の子は、コミュニケーションの方法も目的も、全く異なるということに気づき、何か参考になればと思って手に取りました。この本のお陰で気が付いたことは、女の子は、とにかくコミュニケーションが大事だということ。「この会話、何か意味あるのか」とか「なんで、こんなこといちいち聞いてくるんだろう」とかそんな疑問を抱きがちでしたが、違うんですね、大事なのは話の中身ではなく、今、私たちがコミュニケーションを取っているという事実そのものだったんだと、ようやく気が付きました。

いつも子どもたちは、私が考えべき問題と答えを持って、私の前にやってきます。子どもたちのお陰で、本当に多くのことに気付かせてもらいました。

彼らは、読書の意味さえ、変えてくれました。

なんだか、書き足りない気がしないでもないですが、とりあえず、今日はこの辺で。

井上恭介著 「ヒロシマ 壁に残された伝言」

昨日、「ヒロシマ 壁に残された伝言」(集英社新書)を読みました。

こちらは内容をギュッと凝縮されたものが、中学国語の教科書に出典されています。

簡単に説明しますと、解体工事予定の校舎の壁の中から、原爆投下直後に書かれたと思われる様々な伝言が現れ、それが次年度用の原爆関係のネタを探し求めていたNHKプロデューサーの目に留まり、ドキュメンタリー取材されることになったものです。

原爆被害に関する生々しい表現は一切ありませんが、淡々と描かれるご遺族の方々の言動に、幾度となく心が揺すぶられました。

 

ヒロシマ ―壁に残された伝言 (集英社新書)

ヒロシマ ―壁に残された伝言 (集英社新書)

 

伝言が残されていた袋町小学校では、疎開するには幼すぎた小学校一、二年生、そして先生方が犠牲になりました。

その後、学校へやってきた人たちが目にしたものは、校庭に一人一人丁寧に並べられた子ども達の遺体と、その隣に折り重なるように倒れていた、力尽きた先生方の遺体だったのだそうです。

当時珍しかったコンクリートの建物は、救護施設として使用されることになりました。

やがて家族や知り合いを捜しに来た人たちが、灰で煤けた壁に伝言を書き残していきました。

一年後、学校が再開するにあたって、校舎の壁はすべて塗り直されたのですが、急いでいたのか、一部の壁がきちんと洗われないまま上塗りされたことによって、当時の伝言が奇跡的に漆喰の下に残ることとなったのです。

著者は、当時撮られた伝言の写真を元に、被害者名簿などから関係者を見つけ出し、インタビューを行なっていきました。

遺族の方々は伝言の前に立つと、研究者が最新機器を使ってどうにか割り出した、薄れて消えかかった文字を、肉眼ですらすらと読んでいったそうです。

そして、

「ああ、そうだったのか」

と呟かれた、そうです。

いなくなれば必死に探すし、どれほど絶望的な状況下にあっても心の底から生きていて欲しいと願うし、叶わぬ願いだと知りながらも、何年経っても、何十年経っても一目会いたいと思う、その心を家族の絆と呼ぶのだと思いました。

 

 

昔、妹と広島へ行った事があります。

なぜ、妹と一緒だったかというと、本当は、この旅は私の人生初の一人旅となるはずでした。当時、私は十代後半か二十歳位で、一人旅に憧れていました。

絶対に反対されると分かっていたので、家族には黙っていたのですが、出発直前テンションが上がってついボロが出てしまい、母に気付かれてしまいました。

母は「絶対にありえない!」と言い出し、どうしても行くのなら、と、妹にお供についていくように命じました。

私は、それでは意味がないと、何度も断ったのですが、今度は妹が、

「お姉ちゃん、友達いないの?可哀想」

と言い出し、懇願虚しく、妹と二人連れで行くことになったのでした。

妹は、私とは正反対で、なんでも計画を立てて、その通りに実行したいタイプなので、旅の間、私に振り回されることとなり、ずっと「ありえない」を連発していました。

宮島でのんびり夕焼けを眺めながら、

「いやいや、旅ってこういうものだから。ほら、お陰でこんなキレイな景色が見れてるでしょ」

と私が言うと、

「そうか、旅ってそういうものなのか」

と納得していました。

彼女は一見、頑固なのですが、こちらが驚いてしまうほど、根が純粋で素直なんですね。

やっぱり広島に来たからには、ということで、広島平和記念資料館に行くことになりましたが、そんな二人なので、館内では別行動をとることにしました。

妹が一通り見て戻ってくると、人目もはばからずに号泣している人がいたそうで、一体どんな人なんだ、と見ると、自分の姉だったそうです。

「恥ずかしくて、声かけられへんかった」

と言ってました。

言ってましたが、確かあの時、だいぶ経ってから、妹に声をかけられた気がします。

振り返ると、何とも言えない表情をした妹が立っていました。あの顔は忘れられない笑

我ながら、妹の苦労が偲ばれるエピソードですね。

 

袋町小学校の伝言を見てみたくなったので、今度、また広島に行って来ようかな。

では今日はこの辺で。

二学期はじまりました

皆様、ご無沙汰しております。

昨日今日と、まるで真夏が戻ってきたような暑さでしたが、皆様、大丈夫でしたでしょうか?

私は先月末から、再び学校現場へ戻り、常勤の臨時講師として働いております。

科目は国語です。

さて、学校ではいよいよ二学期が始まりました。

先週は、実力テストの採点に加えて課題のチェック、作文コンクールのための作品選びなどが重なり、デッドヒートを繰り広げておりました(※常に帰りたがる自分との)。

私は基本的に「明日できることは今日するな」をモットーに生きるぐーたら人間なのですが、この一週間、明日に延ばせるものが何一つなかった・・・

金曜日になって、ようやく定時で帰宅する際には、後ろの席のベテランの女性の先生が「よかったね」と我が事のように喜んでくださいました。ずっと私のパニック振りを心配しながら、見守ってくださってたんですね。ご温情が、アラフォーの心に沁みます!

 

ところで、妹のところの姪っ子の一人が、今春、中学校へ入学しました。

妹の家でしゃべっていたら、彼女が制服姿で帰ってきました。

ずっと楽しみにしていた制服姿なのに、いざ、目の当たりにすると、なんだか不思議な気持ちになりました。

ちょっと前まで、部屋の小さな段差を登れずに泣いてたのになー、とか、座布団に寝かせてみるとちょうどいいサイズだったことや、小さなこの子を抱っこした時の感動とか、母となったばかりの妹が、「こんなに小さいのに、ちゃんと足の裏臭いってすごくない?」と変な共感を求めてきたこととか、どうってことのない、ささいな思い出が胸をよぎりました。

「早く制服着替えておいでよ。汚れたら困るでしょ」

と、急かしたら、

「別に大丈夫やで。」

と姪っ子。おばちゃんのなんだか切ない心持ちなど、彼女はもちろん知る由もありません。

 

そして、教壇に立って生徒一人ひとりを見ていると、制服姿のこの子達も、ちょっと前までは座布団サイズで、段差が上がれずに泣いてたんだなぁ、なんて、深い感動を覚えるのでした。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

最近、読んだ本。

海に住む少女 (光文社古典新訳文庫)

海に住む少女 (光文社古典新訳文庫)

 

 感想。

どこか、物悲しい雰囲気の漂うファンタジーです。

例えるなら、『千と千尋の神隠し』の海の中を走っていく列車のシーンのような。

こんなことを考えて表現する人がいたんだな、どういった目的だったんだろう、誰のために書いたんだろう、と、なぜかそんなことが気になりました。

 

なんか、このブログを楽しみにしてくださってる方もおられるようなので、たまにはアップして行こうと思っております(とか書くのも、これで一体何度目だ、って話ですが焦)

こんな拙文でも、どなたかのお暇潰しになれれば幸いです

ではでは、新しい週も、皆様の上に祝福が豊かにありますように!

天空の城ラピュタ

皆さま、ご無沙汰しております

暑い夏が一段落し、いよいよ2学期が始まります!

 

さて、昨日のラピュタのノーカット版はご覧になりましたか?

久々に観たその衝撃を、こちらに書き残しておくことにしました

 


金曜ロードSHOW!「天空の城ラピュタ」★原作・脚本・監督:宮崎駿 2019年8月30日

 

天空の城ラピュタ [DVD]
 

 

まず、何が衝撃だったかというと、

ラピュタってこんなに悲しいお話でしたっけ…?

パズーもシータも、まだまだ子どもなのに、お父さんもお母さんもいないなんて…

物語序盤、屋根の上で、鳩に餌をやりながら、

「僕たち、親なしだね」

と、笑うパズーに、まず泣かされました

 

子どもの頃は、二人について、特に意識したことはありませんでしたのが、大人になって改めて見ると、二人の子供が懸命に生きようとする姿がけなげで切なく、二人が必死に呼び合う姿に、もう涙涙…

 

子どもの頃、そこはかとない物悲しさを感じてはいましたが、今回、物語の底辺に戦争のイメージが流れていることに気付かされました

ロポット兵によって、辺りが一瞬にして火の海になるシーンは大空襲を、ラピュタが兵器へと変えられ、海に放った砲撃が赤く膨れ上がって爆発するシーンは核実験を、連想させられました

私にはパズーとシータが、戦争孤児と重なって見えたのでした

 

宮崎監督や高畑監督が青春を過ごした時代は、今よりも戦争が身近だったんだと気付きました

製作当時は、冷戦真っ只中でもあり、核の恐怖は、今よりもずっとリアルでした

 

令和を迎えて、黒柳徹子さんがテレビでこう言ってました

「平成は戦争がありませんでしたもんね」

明治も大正も昭和も、その前の江戸も、ずっとずっと戦争がありました

平成は戦争がなかった

それは、決して当たり前のことではなかった、ということを、黒柳さんの言葉から教えられました

 

 

さて、子どもの頃から「ラピュタは恋愛物とは違うなぁ」と思っていたけれど、これは家族を失った子供たちが、同じ境遇の者と出会い、もう二度と失いたくないと懸命に努力する物語、だったのだな、と思いました

互いに見せる子供らしい無邪気な表情が、何ともいじらしくてたまりませんでした

というわけで今回、一番衝撃だったことは、いつの間にやら、自分の目線がすっかりドーラ目線になっていたこと(笑)

いやー、名作は、まるで鏡のように、自分を客観的に見せてくれますね